レズビアンがほんとに知ってほしいこと
同性愛者の世界にはまだまだ知らないことがたくさんあり、そこに興味を持って研究している人もいれば自らカミングアウトして同性愛者であることをひとつの材料にしながらいまだに沸き起こっている、同性愛者に対する偏見や差別といった言葉と闘いながらあるいは、その逆境を楽しみながら生活していることと思います。レズビアンであることもゲイであることも人間として生きている以上は懸命にならなければならず、とくにゲイときたらやはりもっぱらその世界を理解しようとする人は少ないのです。
ただ、レズビアンに限ってはあからあさまに見解が変わっているのです。女性として生きていることはもちろん、女性の気持ちを完全に理解することができるのは、女性だけだという概念のもとレズビアンという道を生きている女性もたくさんいます。ここでは、そんなレズビアンたちのことをもっと深く知りたいと思います。
かつて1フレーズを除いた“レズ”という言葉は差別用語や相手を侮辱する言葉としてあまり利用されていないかのように思われていましたが、事実上、レズと呼ばれようがビアンと呼ばれようが、彼女たちはそこに差別化されていることになんら疑問を抱きません。それはゲイである男性たちも同じです。ホモと呼ばれたりお釜と呼ばれたりしていますが、それらの言葉を差別用語としてとらえている人は現代には少ないことでしょう。
ゲイとレズビアンという概念が違って聞こえるのはまずは彼女たちがなぜレズビアンへとならければならなかったのかを知ると一目了然です。まず、男性への不信感が大きな原因となります。幼少のころに父親から性的な虐待を受けていたりするとやはりその育ち盛りの幼児の心は、男性に対してトラウマを持つようになります。その発端となるのが母親の存在でしょう。父親はちっとも優しくしてくれないけれども、母親はウンと優しく接してくれることからも、少女の心は女性によって癒されていることに気がつくのです。そして男性と女性を比べた時にどちらがより「自分に愛を注いでくれる性」なのかということを考えるようになります。レズビアンは一種の精神疾患だと言われてきたのはこういったことが過去にあった場合にのみ発症するのです。
レズにはまる男性たち
レズビアンには、もちろん自らを男性だと思っている、もしくは女性らしくふるまっているよりも男性らしい振る舞いをしている自分に出会ったときのほうが断然生きている心地を実感することができるのです。そういった女性は、もちろん自分を女性だと認識しているので、性同一性障害とは診断されません。
女性が女性に男らしさを感じたきには、やはり恋愛感情が芽生えるといったものです。たとえば、女性が男装をして演劇を行っていることで有名な宝塚歌劇を見てください。女性はさぞ本当の男性を見るかのような目で劇を見ており、そのファン意識はとてつもないものだとされているのです。
同性愛者である男性のことを軽蔑するような眼で見る男性はなぜか、女性が女性に恋愛感情を持つことになんの問題も感じないのです。一つの芸術として起用されているのが、ポルノでしょう。レズビアン同士(ホンモノかどうかは定かではありません)が、エロティシズムに絡み合う光景を見て男性が興奮するということも珍しいことではない程です。男性がこれを見て楽しむことができるのはそこにちょっとした安心感を求めているという心理状態が働いているそうです。